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21創造運動

小学校児童向けサイト

1. 関川水系土地改良区について

(1) 土地改良区って?

 土地改良区は「土地改良法」という法律に基づき、用水路などを造り、管理する団体です。土地改良区は全国にあり、約4700もの団体があります。また、「水土里(みどり)ネット」という愛称で呼ばれており、皆さんの住む地域の農業の重要な役割を担っています。

(2) どんな仕事をしているの?

用水路などの維持管理

用水をそれぞれ田んぼへ公平に届けるため、ゲートを調節し、用水の量を調整しています。また、用水に流れている流木やゴミの処理、ゲートなどの施設の点検も行います。

② 用水路の建設・修繕

 田んぼに必要な水を運ぶための用水路を新しく造ったり、古くなった用水路を直したりしています。

③ ほ場整備

 ここで言う「ほ場」とは主に「田んぼ」のことを言います。「ほ場整備」とは田んぼを整備することであり、土地改良区では農家の作業効率を良くするため、小さい田んぼ(約30a)を大きい田んぼ(約1ha)に拡大しています。
※コンバインやトラクターといった農機具の移動時間が少なくなります。

(3) 管理している施設は?

① 用水路

 用水路とは、農業のために水を引く目的で造られた水路のことで、関川水系土地改良区が管理している水路は3面コンクリート構造(水路の左・右・下が全てコンクリート)となっています。主な用水路としては、上江用水路・中江用水路・稲荷中江用水路・大道用水路などがあります。

② 頭首工

 川や池などから用水を取り入れる施設のことで、用水の取入口の他、魚が通るための道(魚道)や土砂を流す土砂吐きなどの機能もあります。主な頭首工としては関川頭首工・戸野目頭首工・笹川頭首工などがあります。

③ 揚水機場

 用水の水を一度ため池に貯め、そこからポンプを使用してそれぞれの田んぼへ用水を送るための施設のことです。田んぼの角にある給水栓と呼ばれる水を出す機械に繋がっており、給水栓の栓をひねると水がでる仕組みになっています。関川水系土地改良区では全部で42箇所の揚水機場を管理しています。

2. 農業用水路について

(1) そもそも用水路ってどんなもの?

用水路とは、農業のために水を引く目的で造られた水路のことで、関川水系土地改良区が管理している水路は3面コンクリート構造(水路の左・右・下が全てコンクリート)となっています。

(2) 農業用以外にも用水って使われているの?

 用水には農業に使う以外にも様々な働きがあります。
 皆さんはいくつ知っていましたか?

①水力発電

②魚などの養殖

③防火用水

④融雪用の排水路

⑤生き物の住処

3. 各農業用水路の歴史

(1) 上江用水路

 上江用水路(約26km)は1573~1781年の間に3期に分けて造られ、完成するまで合計130年間かかりました。農民たちはそれぞれの用水堀継ぎの功労者を神仏として祀り、その功績を称えています。

 開削時期   開削距離と功労者
 第1期工事
(1573~1648年) 
約6km(妙高市川上~吉木)
吉木村の代表農家 富里久八郎
功績を称え、用水開発によってできた村名を吉木新田へ
第2期工事
(1650~1694年)
約10km(妙高市吉木~清里区上深沢)
板倉区高野の地方役人 清水又左衛門
清水家(上越市板倉区高野)
第3期工事
(1772~1781年)
約10km(清里区上深沢~上越市長岡新田)
三和区川浦の大地主 下鳥冨次郎
上江北辰神社(上越市三和区川浦)

(2) 中江用水路

 中江用水路(約26km)は1674~1678年の間に藩営事業(現在の公共事業)で工事を行いました。中江用水開削を指揮した小栗美作は、農民たちの手によって神仏として祀られ、その功績を称えています(上越市板倉区針)。その後、1967~1983年の間に行われた国営事業により、現在の三面コンクリート構造となりました。(藩営事業では土水路→石積水路へ)

(3) 稲荷中江用水路

稲荷中江用水路(約20km)は、1809~1811年の間に殖産興業政策の一環として、高田下小町(上越市本町6丁目)の惣年寄(町役人の長)である塚田五郎右衛門に工事の指揮をとらせて完成させました。当時高田藩主であった榊原政令は、稲荷中江用水開削の功労者として塚田五郎右衛門に扶持米を与え、稲荷中江用水の用水鎮守として河波良稲荷神社(上越市仲町2丁目)を建設しました。なお、功労者である塚田五郎右衛門の名にちなみ、塚田用水とも呼ばれています。

(4) 大道用水路

 大道用水路は、1664年に開削されたと古文書には記されています。三郷地区新長者原地内で開削を行ったのは高田呉服町の町年寄の森繁右衛門です。開削当初は別所川と関川の合流点で用水を取り入れていましたが、1762年と1783年の計2回で別所川をさかのぼり、三郷地区本長者原地区に用水の取入口を設置しました。なお、当時は大道郷用水と言われていましたが、現在は大道用水と呼ばれています。(大道用水は松川用水とも呼ばれていますが、別所川を松ノ木川、松川とも呼んだからです。)

4. ジオラマ

 関川水系土地改良区には「見て・さわって・学ぼう!」をテーマとして私たちの暮らしを支える水源林と農業用水がどこから来てどのように利用されているのかを表現したジオラマが設置してあります。実際に見て、触って、「水源林の恵みと農業用水の仕組み」を学んでみませんか?
※ジオラマの見学についてのお問い合わせは関川水系土地改良区総務課まで

【皆さんにお願い!!】

用水路にゴミを捨てないで!

 用水路にゴミが溜まると用水が下流へ行かなくなってしまい、溢れてしまいます。このホームページを見ている皆さんは用水路にゴミを捨ててはいないと思いますが、ゴミを捨てている友達を見かけたら注意してください。

用水路の近くで遊ばないで!

 用水路は水量が多く、落ちてしまうと自力で登るのが難しいため、とても危険です。安全柵は各地に設置されていますが、死亡事故も発生しているので用水路の近くで遊ばないことを約束してください。